まぎらわしい表現を避ける

特許明細書では、物の名前とその物が持つ値を表現することが多々あります。
特許明細書は、図面を用いてそれらの物を説明していくものなので、
基本的には図面内の符号が文章中に登場します。

それでは具体的に見て見ましょう。

教材はやはり特許明細書[特開2013-108996]

こちらで紹介した特許明細書を用いて説明します。
不思議な特許明細書です。学ぶべきことがありすぎて困る内容です。
それではこの特許明細書のどこがまぎらわしいのか見てみましょう。
【発明を実施するための形態】の段落【0033】と【0048】を引用します。

【0033】
なお、図では、接続端子CT1と接続端子CT2とを接続する回路211を抵抗のシン
ボルで示しているが、第1の実施の形態においては、回路211、回路212とは抵抗が
0の配線である。後で説明する第3、第4の実施の形態においては、部品内の回路として
所定の抵抗値を持った抵抗が利用される。また、回路111、112、113についても
抵抗0の配線である。

【0048】
部品20の内部において、接続端子CT1と接続端子CT2とが、抵抗231を介して
接続され、接続端子CT1と接続端子CT3とが、抵抗232を介して接続され、接続端
子CT1と接続端子CT4とが、抵抗233を介して接続されている。

ちなみに全文はこちら

太文字に着目

引用した文章の太文字「抵抗0」と、
抵抗231」、「抵抗232」、「抵抗233」についてどう思いますか?
実はこれ、まぎらわしいだけではなく正しくありません。
なぜでしょうか?
これがすぐにわかれば、あなたは技術文章を正しく理解する能力を持っています。

「抵抗0」という表現で、かつ図面を参照しながらの説明である点に注意しましょう。
そうです。この「0」が符号なのかどうかです。

値なのか符号なのかを明確にする

今回の例は簡単なので、誰でも「抵抗0」が図面中の符号ではないことに気づくと思います。
一方で、今回も例に挙げた特許明細書では別の段落にこのような記載があります。
段落【0044】を引用します。

【0044】
もし、携帯ゲーム装置が落下などで衝撃を受けていなければ、測定用端子101、10
2は、回路111、回路221、回路123、回路222、回路124、回路223、回
路125、回路224、回路112を介して導通されているはずである。この場合、抵抗
測定機は、測定用端子101、102間の導通状態(抵抗値0)を検知することができる
。これにより、携帯ゲーム装置に大きな衝撃が加わった形跡がないと判断できる。

この太文字に着目してください。抵抗値0と記載されていますね。

つまり、「抵抗」に関する表現を、ある箇所では「抵抗0」や「抵抗231」とする一方、
別の箇所では「抵抗値0」としているのです。
統一性がない場合でも説明したように、記載にムラがあります。

正しい表現は、「抵抗値がゼロ」であることを表す「抵抗値0」という表記です。
また、単に「抵抗」と書かずに「抵抗素子」とすべきです。

正解の表現

では、どのように記載するのが正解かを示します。
以下の取り消し線と太文字を確認してください。

----------------ここから------------------
なお、図では、接続端子CT1と接続端子CT2とを接続する回路211を抵抗のシン
ボルで示しているが、第1の実施の形態においては、回路211、回路212とは抵抗が
0の配線である。後で説明する第3、第4の実施の形態においては、部品内の回路として
所定の抵抗値を持った抵抗が利用される。また、回路111、112、113についても
抵抗0値が0Ωの配線である。
----------------ここまで------------------
このように書くことで、図面を見ながらでも「0」という数字が、
符号ではなく、値であることが明確になります。
今回は、数字が「0」であったので比較的わかりやすいかもしれませんが、
これがもし「抵抗1」だとしたらどうでしょうか?

「抵抗素子」としての名前なのか、抵抗値なのかまぎらわしいはずです。
まして、「抵抗0」という表現で「0」が値を表すのであれば、
きちんと単位「Ω」等をつけるべきです。

明確にすることの重要性

まぎらわしい表現がどのようなものかを理解できたと思いますが、
明確にしておかないと後々困ることになりえます。
文章を読み返すのが、文章を書き終えてすぐなら記憶がありますが、
しばらくしてから読み返すときや、他人が読む場合には注意が必要です。

特に、特許明細書に「抵抗」などの回路用語が登場する場合には、
この用語以外にも、「電流」「電圧」「コンデンサ」など、
値を持ちうる他の構成要素も登場する可能性が高いからです。

素子の名前なのか、素子の持つ値なのか、
これを明確に表現できてこそプロなのに、
このような杜撰な内容を納品するとは悲しい限りです。

技術文章をチェックする人は、ぜひ参考にしてください。

お疲れ様でした。そして、ありがとうございました!